2019年7月22日月曜日

原因は?

スーパーハイエンドコレクター?のK氏より調査依頼を受けた。
バックのシースナイフが研いでも刃が付かないそうだ。
ランスキーで研いでいたらしいが、グズグズ崩れて刃にならないとの事。
比較に良品の3ブレードのフォールディングナイフを預かった。
試しに研いでみた。
バックは妙に硬い感じで、確かに切れる刃がなかなか付かない・・・というか切れないw
3ブレードのホルダーは普通に研げて簡単に刃が付いた。


バック600倍
600倍は横方向が約110μmになる。
共晶(一次)炭化物の形状や大きさからしてD2なのは間違いなさそうだ。多角形で歪な形状の物が共晶炭化物。
画像では不鮮明だが、肉眼での観測では基地の結晶の粒界が見られる。
全体的に二次炭化物(析出による炭化物)は少なくなっている。
おそらく焼入れ温度過熱により二次炭化物の固溶量が多くなってるのだろう。
それに伴い基地の結晶粒が成長して粒界が見られる様になったのだと思われる。
この状態だと脆くなってポロポロと刃が欠けやすくなる。

バック150倍
150倍は横方向が約420μmになる。
横方向がブレードの長手方向。
なんとなく横方向に鍛流線があるのが分かるが、もう少し倍率を下げるとはっきり横方向に確認できた。

 3ブレードフォルダー600倍
共晶炭化物が大きく疎らではあるが、その間に小さく丸く分布している物が二次炭化物と思われる。比較的多く溶け残っている。
これの基地の結晶粒界らしきものは観察できなかった。
概ね適正な熱処理がされていると思われる。


 3ブレードフォルダー150倍
横方向がブレードの長手だが、共晶炭化物はランダムに分布していて、鍛流線ははっきりしない。
D2ではある様だが、こちらはクロスロール圧延で方向性がないのかもしれない。
 SLD生材600倍
参考にD2に相当する日立のSLDを観察した。熱処理前の生の状態。
共晶炭化物の間に、細かい二次炭化物が概ね一様に分布している。
焼入れで固溶するのは二次炭化物で、共晶炭化物は固溶しない。
焼入れ温度が高くなるほど二次炭化物の固溶量が増える。
基地の結晶は炭化物が障害になって結晶の成長は抑制されるのだが、炭化物が固溶してなくなると隣同士の結晶が合体して結晶粒が粗大化する。
熱処理の良否は生材の炭化物の分布状態に影響される。
 SLD生材150倍
日立のSLDは共晶炭化物が比較的細かく粉砕されている様だ。
安来で日立の人に会って話を聞いたら、「うちは圧延比大きいからw」と言っていた。相当大きいインゴットから圧延するのだろう。
同じ規格で成分も変わりがなくても、メーカーによる違いはこういったところに出るのだろう。
 SLD適正温度焼入れ600倍
SLDは実験で熱処理条件を変えて試験片を作ってあったので、参考までに載せておく。
これは適正な条件での熱処理したもの。
生材と比較すると、やや二次炭化物が減っている様だが、それほど大きく違いはない。






SLD過熱焼入れ600倍
焼入れ温度が適正より50℃ほど高い。
明らかに二次炭化物の量が減っている。
画像では分かりにくいが、基地にひび割れの様に結晶粒界が見える。
状態としてはバックと同じだ。
刃が付かないのは焼入れ温度過熱が原因で間違いなさそうだ。






合金鋼の焼入れ温度過熱の組織は、炭素鋼のそれとは大分様子が違う。
これについてはいくつかの理由があるのだが、またの機会にでも書きたいと思う。
一つ言えるのは、高合金鋼と炭素鋼は全く別の素材と思った方がいいという事。

試験片を作って持っていたので、それらの観察で考察する事ができた。
金属顕微鏡を使う様になって、色々な事が分かってきた。面白いおもちゃだw

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